植物と動物の相互作用:
植物の被食防衛の多様性と進化
なぜ植物は多様な防御手段を進化させてきたのか?
卒業研究の時から続けている研究テーマです。
植物は、植食者から物理的・化学的に組織を護る防御手段のみならず、蜜などの報酬でアリなどの捕食動物を誘引することで植食者を排除する生物的防御も進化させています。植物はなぜこんなにも多様な防衛手段を進化させてきたのでしょうか?私はこの問いに対して、身近に沢山生育しているアカメガシワMallotus japonicusが、物理的・化学的・生物的防御の全てを兼ね備えている点に着目して、葉齢、生育環境、個体群間といった異なるスケールの各防御の発達度合いを比較することで、それらの違いに迫りました。
調査の結果、アカメガシワは、1)新葉では物理・化学的防御を、齢の進んだ中齢の葉でアリによる生物的防御をおこなうこと、2)中齢の葉でのアリ防衛は、林縁部や林冠ギャップなどの土壌栄養分が豊富でやや暗い、光を巡る競争が激しい環境でより発達することが分かりました。
さらに興味深いことに、アカメガシワはアリが葉に来訪すると、花外蜜腺と呼ばれるアリに蜜を提供する器官からの蜜分泌量を増大させ、化学的防御として機能すると考えられる葉のポリフェノール濃度を減少させること、ポリフェノール含有量を低下させたアカメガシワは、低下させなかった個体よりもより速く成長できることを発見しました。これらの結果は、蜜を用いたアリによる生物的防御が、化学的防御よりも生理的なコストが低いことを示唆しています。また、上記の結果と合わせて考えると、アカメガシワは葉齢や生育環境に応じて異なるコストの防御手段を使い分けることで、自身が直面している環境に応じて最適な被食防御を行っているようです。
アカメガシワを通して植物も生育環境に応じて最適と考えられる柔軟な応答を示すことを知り、植物という生き物の生き様の一端を体感することができた思い出深い研究になりました。その後、タラノキやオオバボンテンカなども類似の防御の柔軟性を示すことが分かり、今では私が植物を観察する際の一つの軸になっています。
現在は、琉球列島を舞台に島ごとに異なる生物相に応じてアカメガシワの被食防衛がどのような進化を遂げているのかについて研究を進めています。
主な論文・著書
植物と植物の相互作用:
植物の他個体認識能と応答の多様性
植物は血縁個体と協力するのか?
植物の防御に関する研究を進めていく中で、植物の防御の個体群間や種間の多様性を理解するためには、植物と動物間の相互作用のみならず、植物間の関係性がポイントになってくることが見えてきました。特に同じ遺伝子を共有する同種個体との関係性がポイントのようです(詳細は、まだ秘密です)。
そもそも、植物は遺伝子を共有する血縁個体やクローンで増えた自個体とは競争するのでしょうか?また、自然界で植物は様々な競争相手と遭遇しますが、例えば、他種に対して遺伝子を共有する血縁個体同士は協力的にふるまうのでしょうか?固着性生物である植物は、様々な環境刺激を“情報”として利用する術を進化させてきたと考えられます。
つる植物の自他識別
つる植物のヤブガラシやツルレイシ(ゴーヤ)、トケイソウの巻きひげを対象に調べてみたところ、巻きひげは自個体と同種他個体の茎を識別することができ、自己への巻きつきを回避していることが分かりました。
種間競争に対する血縁個体間の協調
私たちの身近で同種と集合して生育する植物の代表といえばオオバコです。このオオバコが、遺伝子を共有する血縁個体と他種との競争にさらされた際にどのような反応を示すのかを調べました。その結果、オオバコは血縁個体と共に他種のシロツメクサと遭遇した場合にのみ葉の展開方向を変化させ、シロツメクサの成長を抑制することが分かりました。つまり、血縁個体同士が他種との競争に対して協力的に作用していたのです。さらに、血縁個体の存在依存的な他種への応答は、種子の発芽段階から生じることも分かりました(詳細:academist Journal)。私たちの最近の実験では、類似の現象はコダカラベンケイソウやアカメガシワなど様々な生活史や分類群の植物種で同様に生じるこることも分かってきています。
私たちの実験により、野生の植物たちが従来考えられてきたよりもより緻密に他の植物の種や遺伝的な類似性を識別し、柔軟に、そして多様に応答していることが分かってきました。そして、遺伝的類似性といった社会性動物と類似した軸に沿って応答が決定されていることが分かってきました。果たして動物のように新社会性をもつ植物は存在しているのでしょうか?また、どのような仕組みによってこの一見複雑な複数の環境情報に基づく多様な応答を実現しているのでしょうか?そして、これらの植物の応答はどのように生態系を形作ってきたのでしょうか?研究はまだまだ始まったばかりですが、想像もしていなかった現象が次々と見つかってきています。
主な論文・著書
植物の進化パターン:
送粉共生-種子散布共生-菌根共生の進化史
約4億7000万年前に上陸した植物たちは、それ以降陸上生態系の基盤を形成してきました。そのため、植物の大進化は様々な生物の進化に多大な影響を与え、現在の生態系の形成に深く関与してきたと考えられます。この研究では、植物の系統樹と様々な生態情報を統合することで、生態系の辿ってきた歴史を明らかにすることを試みています。
私たちの研究から、樹木において送粉共生や種子散布共生、菌根共生が互いに連動して進化しており、世界的な樹木の多様性パターンを形成していることが分かってきました。さらに、発見された樹木の進化パターンは世界中で観測されている森林の空間構造をも説明しうることが分かってきました。つまり、送粉共生、種子散布共生、菌根共生などの相利共生は互いに影響し合いながら森林生態系の空間構造を形成してきたのかもしれません。このような森林の空間構造は、森林生態系においてどのような意味を持つのでしょうか? 現在、森林に生息する様々な生物を対象とした進化生態学的視点と物質循環などの生態学的な観点から研究を進めています。
主な論文・著書